プラズマと材料科学
プラズマとは
物質が固体・液体・気体の状態をとることはよく知られています。では気体にさらにエネルギーを加えるとどうなるでしょう?一般に,原子(分子)から電子が分離して「プラズマ(電離気体)」が形成されます。このことから,プラズマは固体,液体,気体に次ぐ「物質の第四の状態」と言われています。
私たちの身の回りでは,雷やオーロラにはじまり,蛍光灯,ディスプレーなど,いろいろなプラズマを見ることができます。光源としてのプラズマだけでなく,超LSIなど私たちの生活に不可欠なエレクトロニクス関連製品は,ほぼ例外なくプラズマを使った超微細加工技術によってつくられています。
プラズマの中には,マイナスの電気を帯びた粒子(電子)とプラスの電気を帯びた粒子(正イオン)だけでなく,分子間の結合が切れてばらばらになった中性の粒子(ラジカル),可視光・紫外線(光量子),電子が付着した負イオンなどが存在しているのが特徴です。このため現象は大変複雑ですが,原子・分子スケールでプラズマの振る舞いを解明しコントロールすることで,プラズマでしかできない材料開発,デバイス設計を実現できます。これがプラズマの魅力であり,半導体・環境・エネルギー・新素材開発・ナノテクノロジー・光源・医療など様々な分野で最先端科学を支援する基盤技術として利用されています。
プラズマ材料科学とシリコン,炭素資源
米国物理学会と材料学会が2011年2月に”Energy Critical Elements”に関する報告書を発表しました。Energy Critical Elementsとは,(米国における)グリーンエネルギーに関連した技術開発に必要な鉱物資源のことで,プラチナなどの希少金属元素,ネオジウムといった希土類元素に加え,太陽電池開発に不可欠な元素としてTe, Se, Ga, Ge, Inなどが指定されています。一方,半導体や太陽電池の基幹材料であるシリコンと炭素は含まれていません。これは,シリコンと炭素が地殻を構成する主要元素であり,特定の国・地域に偏在しておらず,比較的安価に入手できるためと考えられます。
プラズマプロセスはシリコン,炭素系材料と相性が良く,半導体微細加工やカーボンナノチューブ,ダイヤモンド,グラフェン合成など最先端科学技術を支える基盤技術として広く利用されています。プラズマの中の電子エネルギーの大きさが(1-10 eV),C-C,C-H,Si-Si,Si-H,Si-Oなどの化学結合を解離するために必要なエネルギーとほぼ等しいことが理由の一つと考えられます。また,酸化・還元・不活性雰囲気で化学反応を制御できるため,熱化学的手法では実現できないプラズマ独自の材料開発が可能になります。シリコン,炭素を基幹元素として,プラズマは「グリーン・イノベーション」を実現するために不可欠な基盤技術として大きな期待が寄せられています。
参考)Energy Critical Elements, MRS Bulletin 2012(赤色で囲った炭素とシリコンは著者が加筆)
材料科学とデバイス開発
機能材料を開発することと,これをデバイスとして実装し,かつ社会に普及させるための研究には大きな隔たりがあります。機能材料を薄膜化してデバイスに実装すると,予想された物性が発現しなくなることがよくあります。また,大気に暴露することで物性が変化したり,数値化できない技術(ノウハウ)のため再現性にも課題が残ります。これらを念頭に,簡単なトランジスタや発光デバイスを作製し,機能材料の真のポテンシャルを見極めることが必要になります。そのような観点から,デバイス実装を意識した材料開発を行っていますが,そのためにはより高い専門を有する研究者・技術者との共同研究が不可欠です。興味がある方はお気軽にご連絡ください。
非平衡プラズマの触媒作用と新規触媒プロセス
非平衡プラズマと固体表面の相互作用の結果生じるユニークな諸現象は,熱エネルギーのやり取りだけでは実現できない化学反応制御を可能とし,薄膜形成や半導体微細加工など最先端材料科学を支援する基盤技術として多方面で利用されています。他方,触媒化学は物質・エネルギー変換,さらに元素戦略などの観点から,環境・エネルギー問題に直接的に貢献する重要研究課題としてさらなる発展が期待されています。これらの学術分野は産業の発展とともに独自の学術体系を築きました。しかし,異相界面の物理・化学現象には驚くほど多くの共通点があります。我々は,プラズマ科学を基盤として高度に発展した専門知識の共通項と相違点を整理、統合、深化させ,新しい学術領域(Plasma Catalysis)を開拓しています。
ハイテク分野で発展した最先端プラズマ技術を,環境・エネルギー分野にも適用できる、真に低コスト・低炭素な環境調和型プロセスとして展開させ,さらに応用を目指した研究を行っています。
プラズマのメリット
期待される応用
基礎研究
Z Sheng, Y Watanabe, H-H Kim, S Yao, T Nozaki: Plasma-enabled mode-selective activation of CH4 for dry reforming: First touch on the kinetic analysis, Chemical Engineering Journal, 399, 125751(14pp), 2020.
Z Sheng, H-H Kim, S Yao, T Nozaki: Plasma-chemical promotion of catalysis for CH4 dry reforming: unveiling plasma-enabled reaction mechanisms, Physical Chemistry Cehmical Physics, 2020.
様々な実用触媒とプラズマのハイブリッド反応をパラメトリックに診断するベンチマーク試験法を開発し,演繹的な機能設計,材料設計を実現します。
非熱反応プロセス
化学反応プロセスの多くは熱エネルギーの大量消費を前提に成り立っており,革新的な省エネルギー,環境負荷低減を実現するためには,エネルギー・物質利用体系の抜本的な構造改革が必要です。光化学や電気化学は熱エネルギー以外の方法で分子変換を実現する代表的な方法として研究が行われています。言い換えれば,光化学,電気化学以外の方法はあまり研究されていません。他方,再生可能電力を使ってジュール加熱やマイクロ波加熱を利用したプロセスも注目を集めており,化学プロセスの電化(Electrification)の範疇に含まれています。加熱効率が高く,局所加熱・選択加熱が可能であるため,従来法よりプロセス効率が高くなるメリットがあります。
我々は再生可能エネルギーを使って反応活性の高いプラズマ場を形成し,これを触媒反応に作用させることで非熱反応を実現します。プラズマで発生する熱には頼らず,真に熱プロセスからの脱却を目的とした新しいプロセスを開拓します。熱エネルギーを経由せずに電気エネルギーを化学エネルギーに変換するため,エクセルギー損失を大幅に低減できる可能性があります。技術実装の点では,熱交換器への依存性が軽減するため,プロセスのコンパクト化および低コスト化が期待できます。また,機器の熱容量に依存しない高速応答性(再生可能エネルギーの変動吸収に対応)を実現できる可能性があります。従来の熱エネルギー利用技術では対応が難しい課題を克服し,脱炭素社会の実現に資する社会実装まで見据えた基礎研究を実施します。そのためには,プロセス革新はもちろん,科学に基づいた複雑現象の理解と新規触媒材料の開発が不可欠であり,世界で活躍する気鋭の研究者との共同研究によりプロジェクトを推進しています。
Journal of CO2 Utilization, 54, 101771, 2021.
Chen et al, CH4 dry reforming in fluidized-bed plasma reactor enabling enhanced plasma-catalyst coupling
次世代の高効率・クリーン発電システム
水素燃焼発電システムおよび関連技術のプロセスシミュレーションを行い,高効率・クリーン発電システムの実現に向けた研究を行っています。
シリコンインクと次世代太陽電池の早期実現
シリコン量子ドットと半導体ポリマーを10nm以下の空間スケールでブレンドしたバルクヘテロジャンクション(BHJ)構造を形成し,低コストで高効率な有機・無機ハイブリッド太陽電池を開発します。模擬太陽光を用いて変換効率約4-5%を達成しています。室内光を模擬したエネルギーハーベスティングでは変換効率約10%を実現しています。
シリコンは融点が1400℃を超える半導体材料ですが、シリコンインクに加工すれば常温常圧で薄膜デバイスを塗ってつくることができます。また、多量にナノ粒子(結晶、アモルファス)を合成することにも成功しており、「安くいいものを創る」工学的要素にも配慮した研究を実施しています。
合成直後のシリコンナノ粒子とシリコンインク(上段),シリコンインクを印刷して量子ドットを基板に一層だけ並べた状態(SPM-9600(島津製作所))(左),ハイブリッド太陽電池の断面構造:シリコン量子ドットがドナー(P3HT)のマトリックスに均一に分散している様子がわかります(右)。